【早稲田大学 鈴木 克彦】医学のフロンティアを拓く~鈴木教授が照らす医学の未知~|取材

【早稲田大学 鈴木 克彦】医学のフロンティアを拓く~鈴木教授が照らす医学の未知~|取材

日本の医学界には数多くの優れた研究者が存在し、その中でも注目すべき専門家がいることはご存知でしょうか。

早稲田大学教授 鈴木克彦氏は、スポーツ科学、栄養学や健康科学の分野の専門家として、医学の最先端でその知識と洞察力を発揮されており、彼の研究領域は未知の医療分野に及び、栄養と免疫の複雑な関係、運動が免疫システムに与える影響、サイトカインの進展、新型コロナウイルスへのアプローチなど、多岐にわたります。

今回の取材を通して、鈴木氏が描く未来の医療に対する展望や科学の新たな発展を垣間見てみましょう。

取材にご協力頂いた方
鈴木 克彦
鈴木 克彦氏

鈴木 克彦(すずき かつひこ)

早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授

1993年 早稲田大学大学院 人間科学研究科 生命科学専攻 修士課程修了      
1999年 弘前大学 医学部卒業
2001年 国立国際医療センター病院 内科系臨床研修課程修了
2002年- 弘前大学医学部助手
2003年- 早稲田大学人間科学部専任講師
2008年- 早稲田大学スポーツ科学学術院准教授
2013年- 早稲田大学スポーツ科学学術院教授
2013-2014年 Adjunct Professor, Institute of Health and Biomedical Innovation,
Queensland University of Technology, Australia
2015年-2017年 国際運動免疫学会会長(President, International Society of Exercise and Immunology: ISEI)

専門分野:予防医学、免疫学、体力医学、スポーツ医学(内科系)

研究室URL:https://katsu.suzu.w.waseda.jp/index.html

論文その他:http://scholar.google.com.au/citations?user=wBTqXl8AAAAJ&hl=ja

目次

栄養の役割と感染予防

 栄養が感染予防に果たす役割は大きいと言われていますが、感染予防における栄養の重要性と、特定の栄養素が免疫機能に及ぼす影響について最新の研究や知見を教えていただけますか?

鈴木氏

感染予防における栄養の重要性

戦中・戦後の栄養状態の悪かった時代には、そのために感染に対する抵抗力が低下しており、死因も肺炎、結核などの感染症が上位を占めていました1)。今でも発展途上国では不適切な栄養摂取によって免疫機能が低下し、感染症に罹患して多くの子どもたちが死亡しています2)。このような栄養不良の状況では、食料の安定的供給や全般的な栄養バランスの改善、生活習慣の改善が必要となりますが、感染予防に関しては免疫機能の改善に特化した栄養素に関する「免疫栄養(immunonutrition)」という概念が注目されています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でも免疫機能が低下している方々が多くお亡くなりになりましたが、ここでは2020年 8 月に国際共同提案したCOVID-19の感染拡大・外出制限下での身体活動と栄養のガイドラインから概説します3)。

COVID-19の流行が報告されてから 1 年足らずの 2020年11月末時点で日本国内では感染者が約14万人、 死者は約2,000人程度でしたが、世界的には感染者が約 6 千万人、死者は約140万人にものぼり、イラン、英国など感染拡大が深刻であった地域の研究者から対策について緊急提案がなされ、我々も協力しました3)。COVID-19の感染拡大による外出自粛などで運動やトレーニングをする機会は減り、体力の低下とともに免疫機能の低下が懸念されました。感染予防のために日常生活ではマスク着用や手指消毒、室内換気などを励行することが重要でしたが、さらに免疫機能が低下しないように注意する必要がありました。免疫低下のリスクとしては、外出や生活などの制限による心理的ストレス、過食、偏食や運動不足が挙げられ、ストレス回避、適切な睡眠、適度な運動、野菜や果物の摂取が推奨され、生鮮食品が入手できない場合にはビタミンCやD、オメガ3脂肪酸などのサプリメントも免疫機能のサポートに有用と考えられました。また、肥満や糖尿病は免疫機能の低下につながりますが、その予防には有酸素運動に加えレジスタンス運動も有効であり、オンラインプログラムを活用した運動実施も推奨されました3)。
一方、栄養過多の状態での食事制限には、寿命の延長やインスリン感受性の改善、酸化ストレスや炎症の軽減、がんや循環器疾患の死亡率減少などの効果が知られていますが、免疫機能に関しては3日間の断食で改善すると報告されています4)。しかし、食事制限下での運動は、消耗や脱水の原因となるばかりか、疲労、筋損傷、炎症も助長し易感染性になる可能性もあるため、COVID-19の流行中の激しい運動やトレーニングは制限されました。実際に、イスラム教徒の宗教的行事である1ヶ月間の断食期間(ラマダン)におけるトレーニングの注意点について運動の強度や時間、頻度が提示され、推奨される食事摂取のタイミングや栄養素別所要量なども解説されました4)。免疫機能を維持する上でも、生体にとって過剰なストレスとならない運動量と、それに見合った栄養摂取や休養が重要と考えられ5)、当時の状況のなかではありましたが日本語でもわかりやすく解説しました6)。

特定の栄養素が免疫機能に及ぼす影響

野菜、果物、全粒穀物などに含まれている植物性の化学物質をファイトケミカル(phytochemical)とよびますが、抗酸化、抗炎症作用などの健康上の利点が注目されています。多くの疫学研究は、がん、糖尿病、アルツハイマー病、脳血管疾患、心臓病、肥満などの慢性疾患のリスクを軽減する上でファイトケミカルの有用性を報告しています。生体は常に活性酸素を産生していますが、運動によって酸化と抗酸化のバランスが不均衡となり酸化ストレスが生じます。活性酸素はミトコンドリア内で電子伝達系を介して産生されますが、内因性抗酸化物質がこの不均衡な状態を是正し持続可能な状態を維持します。さらに、食品由来の抗酸化物質も酸化ストレスを軽減することで炎症を制御します。激しい運動やトレーニングに伴う酸化ストレスに対しては、ビタミンCやポリフェノールなどの外因性抗酸化物質が使用されてきましたが、それらの摂取によって筋損傷の悪化や肝機能障害などの副作用が報告されました7,8)。そこで、もともと生体に備わる内因性抗酸化防御機構を誘導するファイトケミカルとしてスルフォラファンの知見を紹介します9,10)。

スルフォラファンはブロッコリースプラウトなどに存在する天然のイソチオシアネートに分類される物質で、遺伝子発現を制御する転写因子であるNuclear factor E2 factor-related factor (Nrf2) を強力に誘導し、ヘムオキシゲナーゼ-1 (HO-1)、NAD(P)Hキノンオキシドレダクターゼ 1 型、グルタチオン S-トランスフェラーゼ、UDP-グルクロン酸転移酵素および硫酸転移酵素などの抗酸化・解毒系酵素を誘導します。炎症や酸化ストレスがあるとNrf2 が活性化され核内に移行し、上記酵素の遺伝子発現が促進されます7-10)。そこで、スルフォラファンが運動誘発性酸化ストレスに及ぼす影響を検討したところ、肝臓や骨格肉の炎症性サイトカイン( IL-6、TNF-α、IL-1β)の 遺伝子発現が抑制され、Nrf2、HO-1および抗酸化酵素であるスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼの発現が増加しました10)。このようにスルフォラファンは、活性酸素の過剰生成に対して Nrf2/HO-1 シグナル伝達経路を活性化して抗酸化作用を誘導し、運動誘発性炎症から臓器を保護しました。また、白血球活性酸素産生系を用いた実験でスルフォラファンには直接の抗酸化、抗炎症作用も認められ11)、さらにこのような研究が進むことが期待されています10,11)。

参考文献

  1. 鈴木克彦.免疫機能の立場から見た疾病構造の変化と運動の有用性.介護予防・健康づくり 6 (1), 21-25, 2019.
  2. 酒井徹, 鈴木克彦. 管理栄養士講座 改定 感染と生体防御, 建帛社,東京, 2018
  3. Khoramipour K, Basereh A, Hekmatikar AA, Castell L, Ruhee RT, Suzuki K. Physical activity and nutrition guidelines to help with the fight against COVID-19. J Sports Sci. 39(1):101-107, 2021.
  4. Moghadam, M.T., Taati, B., Paydar Ardakani, S.M., et al.: Ramadan fasting during the COVID-19 pandemic; observance of health, nutrition and exercise criteria for improving the immune system, Front. Nutr., 7, 570235, 2020.
  5. Suzuki, K.: Exercise for maintaining immunity during COVID-19 pandemic, International Journal of Orthopedics and Sports Medicine, 1, 1002, 2020.
  6. 鈴木克彦. 適度な運動で免疫力向上,kao ヘルスケアレポート,64, 2020. https://www.kao.com/jp/health science/report/
  7. Yada, K., et al. Effect of acacia polyphenol supplementation on exercise-induced oxidative stress in mice liver and skeletal muscle, Antioxidants, 2019, 9: 29.
  8. Wu, C, et al. Effect of genistein supplementation on exercise-induced inflammation and oxidative stress in mice liver and skeletal muscle. Medicina 2021, 57, 1028.
  9. Ruhee, RT, Suzuki, K. The integrative role of sulforaphane in preventing inflammation, oxidative stress and fatigue: A review of a potential protective phytochemical. Antioxidants, 2020, 9: 521.
  10. Ruhee, RT, Suzuki, K. Immunomodulatory effects of sulforaphane in exercise-induced inflammation and oxidative stress: A prospective nutraceutical. Int. J. Mol. Sci. 25(3), 1790, 2024.
  11. Wakasugi-Onogi, S, et al. Sulforaphane attenuates neutrophil ROS production, MPO degranulation and phagocytosis, but does not affect NET formation ex vivo and in vitro. Int. J. Mol. Sci. 2023, 24: 8479.

運動と免疫・炎症の複雑な関係

 運動が免疫機能や炎症反応に及ぼす影響は大変興味深いテーマですが、運動が免疫システムと炎症反応に及ぼす影響に関する最新の研究に基づいて、そのメカニズムや実践的な効果についてお話いただけますか?

鈴木氏:免疫とは「疫を免れる」という文字通り、体外から侵入した微生物や異物、あるいは体内に生じた異常物質や老廃物、病的細胞などを排除し、恒常性(homeostasis)を維持しようとする生体防御のしくみをさします。免疫機能が低下すると感染症や悪性腫瘍(がん)になりやすくなりますが、逆に過剰な免疫反応(炎症反応)はアレルギー疾患や自己免疫疾患を引き起こします。よって、免疫機能が過不足なく適切にはたらくことによりさまざまな疾病の予防と治癒がなされ、人々の健康が維持されているということができます。

現代社会では食生活の欧米化、飽食、運動不足の時代となり、肥満をはじめとして生活習慣病の増加が問題となっていますが、体内に蓄積された脂肪組織から放出される遊離脂肪酸や組織損傷で生じる内因性の物質のなかには自然免疫のパターン認識受容体(pattern recognition receptors:PRR)を刺激して炎症を誘発するものがあり、その持続による慢性炎症が健康に悪影響を及ぼす病因として重要視され始めています。

現在、わが国では悪性新生物(がん)、虚血性心疾患、脳血管疾患が死因全体の過半数を占めますが、これを免疫学的観点から考察すると、がんは、人口の高齢化と加齢に伴う免疫機能の低下が関連しています。一方、虚血性心疾患と脳血管疾患は大部分が動脈硬化性疾患ですが、病態形成のメカニズムとして慢性的な全身性の軽度炎症(systemic low-grade inflammation)(以下、慢性炎症)が関与していることが明らかになってきました4)。これは過食や運動不足等により体内に蓄積された脂肪組織にマクロファージなどの炎症細胞浸潤が生じ、各種の炎症メディエーター(サイトカイン、プロスタノイド、活性酸素など)が過剰に産生されて、それらが血液循環を介して慢性的に血管に作用したり動脈自体で炎症が起こると動脈硬化や粥状硬化によるプラーク形成が進展し、さらに諸臓器においても組織変性や臓器傷害などの病態が引き起こされるという疾病概念です5)。また、炎症メディエーターは高齢者に機能低下を引き起こす加齢性筋肉減弱症、破骨細胞の活性化による骨粗鬆症、がんなどの慢性疾患で消耗性の体重減少を引き起こす悪液質、神経変性疾患などにも関与すると指摘されており、慢性炎症は老化や健康寿命にも悪影響を及ぼす可能性があります。

メタボリックシンドロームや老化関連疾患は日常の身体活動量の低下(運動不足)が原因となることが多いですが、一方で運動トレーニングはエネルギー消費を高め、肥満、糖尿病、脂質異常症、高血圧症を予防・改善し、虚血性心疾患などの動脈硬化性疾患のリスク低減や予防につながります6)。代謝や循環器への効果のみならず、運動は骨格筋の萎縮や骨粗鬆症による骨折の予防など運動器の維持・強化にもなり、機能低下の防止に有用です1,4)。それらの機序として、より早期に生じる脂肪組織への好中球浸潤とelastaseやMCP-1の発現を運動トレーニングが抑制することによってマクロファージの浸潤と炎症性サイトカインの産生を予防できることも証明されました1,4)。運動を繰り返すことにより好中球の動員や活性化が起こりにくくなり筋損傷マーカーの上昇も生じなくなる適応現象を著者らは早くから見出し報告してきましたが、マウスを用いた動物実験でも抗好中球抗体を用いて好中球を枯渇させ疲労困憊運動を負荷すると筋損傷が起きなくなり、マクロファージの浸潤や炎症性サイトカインの産生も起きなくなることが証明されたため、運動による好中球や単球の動員・活性化を抑制する機能性食品成分等による抗炎症作用や臓器傷害予防の研究を進め、運動誘発性炎症への予防対策を検討してきました4)。また、WHOや米国スポーツ医学会(ACSM)では健康増進のために週に少なくとも150分間の身体活動を奨励しているが、運動習慣のない高齢者に週100分間程度の歩行運動を3か月間介入したところ、好中球活性化マーカーの低下と酸化ストレスマーカーの改善が認められました7)。好中球以外にも運動による脂肪組織でのM1/M2マクロファージの変化、動脈硬化症と血中単球のサブセット変化6)など自然免疫系への影響が運動の抗炎症作用として解明されてきており、病態機序からみた運動効果の解明や早期診断マーカーの開発など、予防医学から先制医療に展開されていく可能性を秘めています。

免疫機能は加齢やストレス、生活習慣などによって低下するとされていますが、加齢はある程度避けられないものであるとしても、生活習慣やストレスについては改善できる余地があり、それが実現されれば病気になりにくく健康を維持できるともいえます。また、運動(身体活動)はがんの予防に関してもライフスタイルの中で最もリスクを下げる要因とされており、がんの再発予防についても適度な運動習慣の有効性が報告されています。筋損傷等の組織傷害で急性炎症を起こさない程度の運動を継続することにより、感染症に対する抵抗力も強化されると考えられます。

このような運動による全般的な疾病予防・改善および健康増進効果は“Exercise is Medicine”として国際的にも関連学会のスローガンとなってきました。しかし、筋損傷や疲労を残すような激しい運動は生体にとってはかえってストレスとなり、急性炎症、腸管透過性の亢進や易感染性をもたらす危険性があります。慢性炎症は、飽食や運動不足による文明病ということができますが、運動による抗炎症作用は慢性炎症の予防に有効であることが明らかにされつつあり、運動による慢性疾患の予防や生活の質の改善、健康寿命の延伸がより積極的に推進されていくことが望まれます。

参考文献

  1. Suzuki, K. Chronic inflammation as an immunological abnormality and effectiveness of exercise, Biomolecules, 2019, 9: 223.
  2. Mizokami, T, Suzuki K. Involvement of neutrophils and macrophages in exhaustive exercise-induced liver, kidney, heart, and lung injuries. Exerc. Immunol. Rev., 2024, in press.
  3. Suzuki, K. Recent progress in applicability of exercise immunology and inflammation research to sports nutrition. Nutrients, 2021, 13: 499.
  4. 鈴木克彦:自然免疫・炎症に及ぼす運動の影響―そのメカニズム,鈴木政登編集.健康寿命延伸に寄与する体力医学,別冊・医学のあゆみ,68-73, 医歯薬出版株式会社,東京, 2020
  5. 小川佳宏、真鍋一郎編.慢性炎症と生活習慣病-循環器・代謝・呼吸器・消化器疾患の基盤病態へのアプローチ.南山堂、東京 2013.
  6. Aw NH, Canetti E, Suzuki K, Goh J. Monocyte Subsets in Atherosclerosis and Modification with Exercise in Humans. Antioxidants. 7(12):196, 2018.
  7. Takahashi M, Miyashita M, Kawanishi N, Park JH, Hayashida H, Kim HS, Nakamura Y, Sakamoto S, Suzuki K. Low-volume exercise training attenuates oxidative stress and neutrophils activation in older adults. Eur J Appl Physiol 113:1117-1126, 2013.
  8. Suzuki K, et al. The potential of exerkines in women’s COVID-19: a new idea for a better and more accurate understanding of the mechanisms behind physical exercise. Int. J. Environ. Res. Pub. Health., 2022, 19:15645.

ー 本日は貴重なご見解ありがとうございました。

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