【 東北大学 吉永 裕登】集約利益と経済指標の関係から読み取れる日常生活への示唆|取材

東北大学 准教授 吉永裕登

今回は、集約利益と経済指標の関係から読み取れる日常生活への示唆について東北大学 大学院経済学研究科 准教授 吉永裕登氏にお話をお伺いしました。

取材にご協力頂いた方
吉永 裕登
吉永 裕登氏

吉永 裕登(よしなが ゆうと)

東北大学 大学院経済学研究科 会計専門職専攻 准教授

2014年、一橋大学商学部卒業。2014年に一橋大学大学院商学研究科修士課程在籍中に、日本銀行金融研究所に客員研究生として所属。2018年、一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を修了し、博士(商学、一橋大学)を取得。同年、東北大学大学院経済学研究科 准教授に着任し、現在に至る。

著書:『マクロ実証会計研究』、(2020)、日本経済新聞出版(中野誠氏との共著)

目次

集約利益と投資行動~集約利益の変化が人々の投資傾向に及ぼす影響について

 過去の経験から見て、集約利益が高い時期と低い時期では、一般的に人々の投資行動にどのような違いがありますか?それが私たちの生活にどのような影響を与えるか教えてください。

吉永氏:国内の全上場企業の利益情報を集約して作成した集約利益は、国内上場企業全体の業況を表します。研究の世界では、これに対応する国内上場企業全体の株価の動き、すなわち市場リターンとの関係が調べられてきました。そこで、集約利益と市場リターンの関係について、観察されている結果について少し説明させて頂きつつ、米国株投資に関する示唆をお伝えしたいと思います。

米国の先行研究であるSadka and Sadka (2009)では、集約利益の変化は1年前の市場リターンと正に関係していることが報告されています。これは、集約利益の情報内容が1年前には株価に反映されていることを示唆しています。配当割引モデルなどの企業価値評価モデルでは、株価は将来の期待に基づいて決まることが想定されています。Sadka and Sadka (2009)の結果は、将来の上場企業全体の業況を反映するように株価が動いていることを支持する証拠と言えます。

その一方で、利益公表期間における市場リターンと集約利益の変化の関係を観察すると、この関係は時期によって変動することや、場合によっては負の関係すら観察されることが報告されています(e.g., Kothari et al. 2006, Sadka and Sadka 2009, Chen et al. 2015)。負の利益・リターン関係は、上場企業の業況が良いときに株価が下がる傾向にあるという、やや直感に反する結果です。そのため、この結果が観察される原因について、研究の世界では議論されてきました。ただ、学術的な議論はさておき投資意思決定において重要なのは、米国上場企業の業況が会計情報を通じて判明してから売買の意思決定をしても遅い、ということです。

最近ではNISAやiDeCoを通じて米国株投資をされる方が増えてきています。S&P500などのインデックスに連動する投資信託やETFを用いれば、誰でも少ない資金で分散投資ができるからです。もし米国株に分散投資を行い、短期的に売買しようとしているならば、今回紹介した研究の発見事項は重要だと思います。確定した決算情報だけを見るよりも、むしろ1年後の米国企業の業況を予測して投資する方が望ましいことが示唆されているからです。

集約利益と私たちの生活~集約利益の増減が日常生活に与える影響について

 集約利益の増減は、私たちの日常生活にどのような影響を与えると思いますか?例えば、消費にどのような変化をもたらす可能性がありますか?

吉永氏:先ほど説明した通り、集約利益は企業全体の業況を捉えるための指標です。そのため、家計の消費に及ぼす影響は間接的なものであり、基本的には小さいことが先行研究では報告されています。例えば、Shivakumar and Urcan (2017)では集約利益の変化は家計の消費より企業の投資に強いことが報告されています。基本的には集約利益で捉えられる企業の業況が消費活動に及ぼす影響は基本的に弱いと考えるのが良いでしょう。

集約利益と雇用の安定~集約利益の増減が雇用状況に及ぼす影響について

 集約利益の増減は、一般の人々の経済的安定や雇用状況にどのような影響を与える可能性がありますか?

吉永氏:集約利益と雇用状況に関する研究として、Hann et al. (2021)があります。彼女らは持続性の高いコア利益(EBIT)と、持続性の低い特別損益をそれぞれ集約し、将来の雇用者の増減の関係が変わるかどうかについて、米国のデータを用いて分析しています。その結果、前者の持続性の高い集約利益は将来の雇用者数の増加と、持続性の低い集約利益は短期的な雇用者数の減少と関係するという結果が得られています。この結果が示唆するのは、企業全体が継続的に利益を稼いでいる状況では雇用者数が改善し、逆に一時的に業績を悪化させる経済的ショックが発生したときに短期的に雇用者数が減少してしまうことです。

日本のデータを用いた分析としては、中野・吉永(2020)の中で集約利益の変化と将来の名目賃金および実質賃金の成長率との関係性を簡単に調べています。分析の結果、集約利益の変化は名目賃金の成長率には有意に正の影響を及ぼすものの、実質賃金の成長率には有意な影響を及ぼさないことが観察されました。つまり、業況の改善とともに額面の給与は増えているものの、それと同等以上に物価も上がっているので暮らし向きの改善を感じにくい、というところだと思います。

地域・産業別の利益と社会への影響~経済成長の地域的・産業別な偏りがもたらす影響について

 地域や産業別の利益成長率の違いがある場合、それがどのような影響をもたらすかについて教えてください。

吉永氏:地域・産業別の利益成長率に大きな違いがある場合、部門間シフト(Sectoral Shift)が発生することがあります。業績の悪い地域や産業では人件費が負担になるので労働需要が下がる一方で、業績が急成長する地域や産業では逆に労働需要が上がり、人手不足になります。すると、業績の悪い地域や産業から業績の良い地域や産業へと労働者が転職する傾向が生まれるのです。ただし、転職が成功するまでに時間がかかることがあります。雇用する企業と転職者とのマッチングや転職活動、採用活動でも時間がかかりますし、転職元と転職先とで企業側が必要とするスキルが異なる場合、スキルの学習に時間がかかることもあるからです。そのため、部門間シフトが発生するときには一時的に失業率が上昇することがあるます。実際、米国では、上場企業の利益成長率の標準偏差が大きい時期に失業率が上昇することが報告されています(Jorgensen et al. 2012)。

ただし、以前、一橋の中野先生と簡単に日本のデータを用いて分析したときには、日本では同様の結果は観察されませんでした(中野・吉永2020)。この原因としては、日本の上場企業の業績格差が米国と比べて小さいこと、日本と米国とでは中途採用の労働市場が異なるなどの理由が考えられます。

何度か転職している私の友人の中には、元の職場で働きつつ、転職活動を水面下で行って転職に成功している方がいました。働きながらの転職活動が一般的になれば、部門間シフトに伴う失業率の上昇は緩和されることになります。最近では日本でも転職が当たり前の世の中になりつつありますし、転職希望者と企業をマッチングするサービスも増えてきています。部門間シフトに基づく失業率の上昇は、今後ますます観察されなくなってくるかもしれませんね。

政策と戦略: 集約利益に基づく経済成長の予測について、社会への影響について

 集約利益による経済予測を通じて、個々の人々や地域社会にどのような利益をもたらす可能性があるのでしょうか

吉永氏:現在日本では、様々な統計資料を通じて地域ごとの景況把握が行われており、これらの統計資料が政策判断の材料とされています。そのため、国全体の経済の予測でも地域経済の予測であれ、将来予測や現況把握の精度が向上すれば、国や自治体は、より適切な対応を取れるようになると考えています。

また、経済全体に関わるリスクは、分散投資を通じて十分に緩和できないマーケット・リスクです。そのため、企業全体の業況をより良く捉えられるようになれば、分散投資を行う場合の適切な意思決定も可能になるでしょう。

集約利益をはじめとする会計情報を用いた経済予測は比較的新しい領域であり、まだまだ課題も多く感じています。しかし、より良い判断ができるように研究を進めていきたいと思っています。

参考文献

Chen, Y., Jiang, X., & Lee, B. S. (2015). Long‐Term evidence on the effect of aggregate earnings on prices. Financial Management, 44(2), 323-351.
Hann, R. N., Li, C., & Ogneva, M. (2021). Another look at the macroeconomic information content of aggregate earnings: Evidence from the labor market. The Accounting Review, 96(2), 365-390.
Jorgensen, B., Li, J., & Sadka, G. (2012). Earnings dispersion and aggregate stock returns. Journal of Accounting and Economics, 53(1-2), 1-20.
Kothari, S. P., Lewellen, J., & Warner, J. B. (2006). Stock returns, aggregate earnings surprises, and behavioral finance. Journal of Financial Economics, 79(3), 537-568.
Sadka, G., & Sadka, R. (2009). Predictability and the earnings–returns relation. Journal of financial economics, 94(1), 87-106.
Shivakumar, L., & Urcan, O. (2017). Why does aggregate earnings growth reflect information about future inflation?. The Accounting Review, 92(6), 247-276.
中野誠・吉永裕登(2020), 『マクロ実証会計研究』, 日本経済新聞出版.

ー 本日は貴重なご見解ありがとうございました。

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